日本の労働環境の特殊性
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作者にして相変わらずというか、少々過激なトーンの記事ではありますが、結構本質をついているのではないかと思います。

どうしても仕事の主体が組織になり、個人はその従属物のようになってしまう日本の会社において、プロフェッショナルとして明確なキャリアパスを描くこともなかなか難しく、結果として会社と一蓮托生のゼネラリストばかりになってしまう、という問題は、時代の変化への対応に必要な社会の流動性、新陳代謝にとって大きな障害だと思います。

こういった構造が背景にあることで、心筋梗塞寸前の血管のような、変化に対する柔軟性のない社会となってしまっているのではないか、という感じがします。
イノベーションがどうこうの問題以前に、こういった労働環境の問題が重くのしかかり、変わるに変われない社会となってしまっているのではないでしょうか。

機能単位で労働力の移動がしやすい社会とならないと、プロジェクト単位での素早い実験(&解散)ができず、多くのイノベーション機会を失ってしまうことになりますね。

例えば、GAFAの、平均在職期間はどこも2年前後のようです。
人がプロジェクト単位で離散集合していて、会社や組織はそういったプロジェクトを束ねる器に過ぎない、という感じなのではないでしょうか。

同じようにはできないまでも、IT時代にあった組織形態というのは、やはりあるのではないかと思います。

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