追加の考察等 ( by 私 )
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UnitNoteの開発者です。

がんばって作っています。
XのAI、Grokを試しに使ってみたら、大変面白い展開になったのでシェアします。

AI安全制御の話から始まり、気候変動対策、資本主義のアップデート方法へと話は進み、最後には、(不可能としか思えない)気候問題解決も、こんなシナリオならあるいは・・とも思えるアイデアへと収束します。

このシナリオを実現する方法はないでしょうか?
我々人類に残された時間は、あと僅かです。
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追加の考察等 ( by 私 )   LV1     Link:no title  
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#### sub-notes
- 追加の考察等(1):歴史的状況の考察
- 追加の考察等(2):グローバル化の問題とアメリカの現状等
- 追加の考察等(3):問題の根本
- 追加の考察等(4):グローバル単位の解決
- 追加の考察等(5):若者への権限移譲の必然性
- 追加の考察等(6):新たなフロンティア、実験場としてのグローバル民主主義

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#### **追加の考察**
> - AIとのチャットを通じて、グローバル民主主義立ち上げのシナリオへと至りましたが、これが必要とされる背景には、大きな歴史上の変化、状況もあると思います。
> - 単にAGI、気候変動の問題と捉えるよりも、より大きな文脈での定義が必要ではないかと感じたので、以下(サブノート)に考察を加えてみます。
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#### **1. 歴史的状況の考察**

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> - **工業化以来の経済システムと転換点**
> - 産業革命からの約250年間、20世紀までは、世界は工業化を前提としたシステム作りを行ってきましたが、その段階ではITのような最適化の手段は存在せず、また環境への影響も十分には可視化されていなかったことから、環境コストをゼロとみなして、生産/消費の過剰、重複、無駄等を積極的に許容しながら、ひたすら生産、消費の拡大(GDP拡大)を図ってきました。
>
> - しかしながら、21世紀に入り、明らかに地球の許容度を超えた経済活動になっていることがはっきりしてきました(地球環境は有限、環境コストはゼロでは無い)。また、ITの発達により、今までは存在しなかった、最適化の手段が手に入ります。
>
> - これらにより、21世紀のメインテーマは、IT等の最適化手段を活用し、今までに存在した無駄や重複を最大限排除して、持続可能な経済社会システムへと到達すること、ということになるのではと思います。

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> - **消費社会へのブレーキの必要性**
> - 同時に、いくら新技術を駆使し、無駄を排除し、効率化を行なったところで、現在の経済拡張路線を続けることができないことは明らかで、消費生産を縮小しつつも豊かな生活を確保する、ダウンサイズ方向での、成熟社会へのシフトも必要になるはずです。
>
> - ここまで、20世紀型の経済拡張路線(GDP拡大)を正当化してきたのは、環境コストをゼロと見なすことで、工業生産やエネルギー消費によって、非常に安価に便益を得ることができたこと、また、工業化経済には、大量生産をはじめ裾野の広い労働需要が存在したため、「労働参加による自然な分配」で、経済成長から社会に富が行き渡るという大前提が存在したこと、などがあります。
>
> - しかしながら、環境コストを考慮に入れれば、本来全ての生産消費はより高価になるはずであり、地球環境が限界点を迎える現在、「生産、消費が善」という図式はなかなか成り立たなくなるはずです。

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> - **IT化による経済変化**
> - また、IT化経済では、これまでの多くの工業製品はスマホやPCのソフトウェアに置き換わり、生産過程は必然的に縮小することになります。
>
> - ソフトウェアはコピーが容易であり、またサーバを通じて世界からサービス利用が可能です。
>
> - 結果、工業化時代に存在した、大量生産、流通、販売など、関連する多くの労働が不要となりますが、これらは工業化時代の「労働参加を通じた自然な分配」の社会前提を破壊し、一部の人々に多くの富と権力が集中する一方で、その他の多くの人々は苦しい生活を余儀なくされることになります。
>
> - 加えて、最近ではAIも登場し、加速度的に進歩していくことが見えており、現在の傾向にさらに拍車がかかっていくことは間違いないでしょう。単なる延長線では、将来的にはシステムとして成り立たなくなっていく可能性もありそうです。
>
> - 一方で、IT化の進展や、持続可能社会へのシフトにおける最大の貢献は、効率化を進め、作業や労働を「減らし」ていくことであり、今までの「増やす」ことで富を得る、労働、経済原則は、むしろ進展の足枷になる可能性もあります。

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> - **経済変質への対応の遅れ**
> - これらの大きな状況変化があるにもかかわらず、社会のベースになっている経済理論やルールは、旧来の「工業化社会前提」のままであり、ルールと現状の間に大きなギャップが生じています。現在のIT長者、メガテック企業等はある意味、これらのギャップを突いて、不当なまでの利益、権力を手にしている、とも言えるかもしれません。
>
> - もちろんITの人間といえども、所属する社会で、教育を受け、衣食住を得て生活し、提供される様々なインフラやサービスを利用した上に、ビジネスを成り立たせているわけであり、現在のような「勝者総取り」の構図が果たして公正と言えるのか、という点には大いに疑問符がつくのではないかと思います。
>
> - しかしながら、彼らが意図的にそうしてきたというよりは(そういう面もあるかもしれませんが)、そういう状況がたまたま目の前にあった、ということであり、経済学者や行政が、変化に対して迅速に理論の更新、ルールのアップデートをして来れなかったことの方に、より大きな問題があるのではないかと思います。
>
> - 一方で、経済システムや、再分配ルールの根本的変更を、一国内で検討・実施しても、(グローバル化が進んだ現在では)内外の競争条件が異なってしまうのであれば、うまく機能しない事は明らかです。
>
> - そういった、根本的な状況の変化に対して、グローバル単位での解決を探っていく「強い必要性」が生まれているにもかかわらず、そういったものを受け持つ「グローバル機関」が存在しないため、取りうる対策が極めて限定的なものになってしまっている、という構図があるように思います。
>
> - 現在アメリカ社会に見られる極端な格差は、それら対応の遅れをよく表していると思います。

#### **2. グローバル化の問題とアメリカの現状等**

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> - **グローバル化に内在する歪み**
> - 戦後の世界は、アメリカが先頭に立ち、積極的にグローバル化を進めてきましたが、当然ながらグローバル化には良い面と同時に、悪い面も大いに存在します。しかしそういった面への本質的対応は行われてきませんでした。
>
> - 一国内の民主主義経済では通常、資本主義経済に存在する原理的欠陥(強者による弱者の一方的搾取等)を是正するために、労働者の保護、税収からの再分配、福祉等により、公正、平等を担保する様々な措置が取られます。しかし国際経済ではそこまでの措置は取られず、より剥き出しに近い形での資本主義が存在することになります。
>
> - しかし、戦後の世界的な成長経済下では、グローバル経済に内在するそのような欠陥よりも、むしろwin-win関係による相互メリットの方が大きく、あまり問題とされて来なかったのではないかと思います。また、システムをリードするのは強者である先進国側であり、欠陥の是正はむしろデメリットでもあったため、積極的に問題の是正を図って来なかった面もあるでしょう。

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> - **グローバル化による格差**
> - しかしながら、グローバル化は強者をますます強くし、弱者をますます弱くする資本主義の原理的欠陥を内包したままであり、問題は見えにくいだけで確かに存在していました。それが回り回って、経済停滞の局面に入ってからは、各国内の格差の顕在化へと繋がっていきました。
> - 例えば、アメリカの資本家、大企業等は、グローバル化により、世界中の最も有利なところから労働、資材を調達できます。コストは下がり、商品の競争力は高められ、悪いことは何もありません。アップル、NVIDIA等も国内に工場を持たず、ファブレス製造業として大きな利益を上げてきました。
> - しかし国内の一般労働者にしてみれば、労働単価の安い国からの安価な製品流入には対抗のしようがありませんし、それらの国の労働者と賃金競争することも不可能です(生活コストが全く違うので当然です)。さらにアメリカ等の英語圏では言語の障壁も低いことから、IT化の進展により、アウトソース可能な労働やサービスは、どんどん他国へと流出してしまいます。このような状況に対して、国内から出ることもできない一般の労働者達は為す術がなく、労働環境は厳しくなるばかりです。
> - このように、強者と弱者では、同じグローバル化でも見える風景が全く違うはずです。見方によっては、強者達は制約の小さいグローバル経済を経由して、国内経済の平等化制約を回避する、間接的な搾取を行ってきたとも言えるかもしれません。

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> - **強者と弱者の分断**
> - このように強者と弱者で見える風景が全く異なるという構図は、移民受け入れ問題でも同様で、強者から見れば、安くて勤勉な労働力は大歓迎であり、道徳的にも正しい事として、「移民受け入れは推進すべき」となりますが、弱者から見れば、安い賃金で必死に働く移民が増えることは、労働供給増による自らの労働価値の毀損に他ならず、移民と同程度まで生活水準を引き下げられることを意味します。
> - これらの構造的問題に対し、政治エリート達は何の手も打ってきませんでした。それどころか、学歴エリート主義が進行した結果、住む地域、所属コミュニティ、情報源までがどんどん分離していき、ある種のフィルターバブルの中で、全体の経済指標や、周囲の人々(アイビーリーグ等)の経済状況を見て、「経済は堅調だ」と判断するようになってしまいます。
> - しかし、経済指標が良くなるほどインフレは進む一方となるわけで、厳しい競争に晒され収入の上がらない一般労働者にとっては、当然ながら生活はどんどん厳しいものになっていってしまいます。
> - そのようにして、社会のリーダー達が弱者側の立場や視点を見失ったまま、一方では大企業からのロビー活動、多額献金等を許容して、グローバル化、ボーダーレス化を無批判に進める「エリートの、エリートによる、エリートのための政治」を続けてきてしまいました。
> - そのことが、人々の不満と怒りを蓄積させ、トランプ政権誕生へと繋がっていったことは明らかであり、このような流れは歴史の必然だったのではないかとも思います。

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> - **歪みの是正の難しさ**
> - このような状況の中で、極端なまでに進んでしまった格差を是正するには、関税や、移民阻止等で、進み過ぎたグローバル化に一定のブレーキをかけていくしか方法がありません。(アメリカでは伝統的に、再分配中心の「大きな政府」は自由を奪うものとして嫌われるため)
> - しかしながら、それ(保護主義回帰)は一時的な対症療法に過ぎず、根本的な解決にはなり得ませんし、進んだ時計の針を戻すことは難しいでしょう。結果的には問題に拍車がかかるだけ、となる可能性もあるのではないかと思います。

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> - **先進国共通の現状**
> - このような状況が、最も先鋭的に現れているのがアメリカではないかと思いますが、(程度の差はあれ)どの先進国にも共通する状況であり、民主主義の行き詰まり、ポピュリズム、極右の台頭、若者の貧困化、社会の不安定化、将来への見通しの悪さ、等を生む原因となっているのではないかと思います。

#### **3. 問題の根本**

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> - **グローバル裁定欠如の問題**
> - これらの状況や問題は、結局のところ、グローバルな裁定の欠如に起因しているのではないかと思います。
> - 本来ならば、グローバルな資本主義にも、一国内と同様の弱者保護、搾取の抑制、再分配の仕組み、多国間での条件バランス、等(欠陥是正、バランス機能)があって然るべきですし、それらを正しく考慮に入れた場合には、グローバル化には自然と一定のブレーキがかかることになり、現在のような国内とグローバルでの極端な条件差は存在しなくなる(あるいは緩和される)、といったことになるのではないかと思います。
> - つまり、(民主主義ブレーキの存在する)国内と、(存在しない)グローバルで、競争環境が一致していないことから、グローバル化により強者にばかり有利な状況が進み過ぎた、というのが現状なのではないかと思います。
> - 厳しい見方をすれば、あえてグローバル裁定を設けないことによって、強者達は弱者から構造的、合法的に搾取(エクスプロイト)できる状況を維持して、現在の富を手にし、格差を許容してきた、とも言えるのではないでしょうか。つまりグローバリゼーションはある種の「抜け道」として機能してきた側面が大きいのではないか、ということです。

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> - **グローバル化による構造的搾取**
> - 長い目で見れば、労働者が搾取されている国と取引をするということは、自国の労働者を搾取するのと同じことでしょう。
> - その意味では、(グローバル裁定の存在しない)現在の資本主義は、到底公平なルールとは呼べない、大きく歪んだものになっている、と言わざるを得ないのではないかと思います。以前のように、あくまでローカル経済が中心で、グローバルな取引は限定的、という時代背景であればそれでも良かったかもしれませんが、ここまで経済がグローバル化している現在、そのような歪みは、無視できない規模の問題を生み出す原因となり得ます。
> - そして、グローバル裁定が無いことで、最終的に搾取されることになるのは、国内の弱者です。しかし見かけ上は公平な競争、ということになっているので、格差や苦境は本人の努力不足、自己責任であり、救済や援助する必要はない、という強者(搾取側)の論理がそのまま通ってしまうことになります。
> - また、グローバル化し、複雑化した経済では、誰が誰を搾取しているのかは簡単には見えません。これが巧妙な目眩しとなり、高い教育を受けていない弱者達は、発言権を失い、意思決定の過程から完全に排除され、強者にばかり有利な状況がさらに進んでいくことになります。
> - それらの結果、弱者達は状況が見えないながらも、「何かがおかしい」という感覚だけを持つことになり、それがエリート達への怒り、あるいは陰謀論等となって社会に蓄積していきます。
> - そのままで、社会秩序が保てるのであればそれでもいい(強者にとっては)かもしれませんが、弱者や不公正の放置は、結局は社会に不満を溜め込み、社会基盤を弱め、自分達の立場、将来も危うくしていくことになります。
> - 鍋底の穴(システムの欠陥)を正しく塞がなければ、その上に築き上げた繁栄や富も、結局は砂上の楼閣に過ぎなかった、ということになってしまうのではないでしょうか。

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> - **問題の見えづらさ**
> - 一方で、(搾取している)強者の側も、あるいは決められたルールの上で最適行動をしているに過ぎず、「必ずしも」意図的に搾取しているとは限らないこと、また、政治家達にも問題の所在が見えておらず、現在のシステムを所与の前提と考えて、グローバル化を進めることを問題と認識していないこと、なども十分に考えられ、それらが問題解決を難しくしている可能性もあります。
> - あるいは、各国での利害対立や考えの違いが大きく、(何らかの対策を取ろうにも)合意に至ることが難しかった、ということかもしれませんし、そのような難しさを乗り越えるモチベーションが不足していた、ということもあるかもしれません。(問題が分かりづらく、国内民主主義で支持されるテーマでもないでしょう)
> - 本来は、このような複雑な問題に対して、経済学者等が問題の指摘と解決のフレームを提供すべきなのではないかと思いますが、戦後システムの前提に縛られ過ぎてしまっている、あるいは、従来の経済学のフレームに忠実でありすぎることで、新しい状況を正しく解釈することが難しい、といったことも考えられるかもしれません。
> - または、学問的には解決方法が出されていても実現手段がない、といったこともあるかもしれませんね。

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> - **解決単位の問題**
> - また、民主主義は一国の単位で機能するものですが、ここまでグローバル化、IT化が進んだ世界では、諸問題の根本(多くはグローバル要素が絡む)に対して、十分な効力を発揮することができません。
> - 例えば、一国内で何らかの規制強化や格差是正措置を取ろうとしても、資金や人材は、より条件の良い場所へと移動してしまいますし、競争に不利な条件となっては他国の競合に負けてしまいます。結果、国内経済は悪くなり、政治家は有権者に見放されることになるので、国内民主主義の枠組みではなかなか抜本的な是正措置を取ることができません。
> - それどころか、規制の緩い国、(企業にとって)条件の良い国に、お金やニーズが集中することになるため、むしろ各国内の民主主義制約を破壊する方向での競争が行われていくことになります。
> - このように、グローバル化の進行によって民主主義は資本主義に席を空け渡すこととなり、本来の裁定力を失い、必然的に政治への信頼は失墜していくことになります。これは、経済単位と裁定単位が一致していないことが原因であり、政治家の努力でどうにかなる、というものではないでしょう。

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> - **グローバル単位の解決手段の必要性**
> - 一方、気候問題やAI安全対策等の、グローバル課題への抜本的対策が不可能に近いのも、こういった構図(競争原理優位)があるためであり、グローバル課題にはグローバル単位の解決手段を用意して対処することが不可欠な段階に入っています。既に地域経済中心の時代は遠い過去となっており、戦後システム(国内民主主義のみによる裁定)の賞味期限切れは、もはや明らかにも思われます。
> - このように考えていくと、今後の世界では、グローバルな課題はグローバルな裁定機関で対処し、国内課題は国内民主主義で対処する、という明確な切り分けを行った上で、両者に跨る課題は両機関の調整と裁定によって対処していく、といった三段構えの体制を構築することが不可欠なのではないかと思われます。
> - ここまでグローバル化が進んだ現在において、そのような切り分けが必要な様々な課題を、全て一緒に扱い、国内民主主義(加えて国際会議等での利害調整等)のみで対応しようとしてきたことに、根本的な無理があるのではないかと思います。今後も国内民主主義を機能させていくという意味でも、大きなシフトチェンジが必要なのではないでしょうか。

#### **4. グローバル単位の解決**

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> - **グローバル単位の問題例(自動車の規制)**
> - ここで、グローバルで考えるべき問題の一例として、自動車の規制を考えてみます。例えば現在、EV普及が頭打ちになっているようですが、それは、(燃費を含め、環境コストが上乗せされていない)ガソリン車が安すぎることが原因でしょう。
> - 環境コストをゼロとして、消費者利益だけで競争していることがそもそもおかしいのです。正しい環境コストを乗せた上での競争であれば、大半がEVになるはずでしょう。そしてEV普及が進んでも、現在のガソリン車ほどには安くならず、多くの人が買えないのであれば、その分の自動車市場の縮小は避けられない、ということになるのではないでしょうか。
> - そもそもとして、持続可能水準から逆算して正しく環境コストを上乗せするならば、「一家に一台の自家用車」などはあり得ないナンセンス、という計算にならなければならないはずです。

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> - **社会変化の必要性**
> - 自家用車を減らす一方で、公共交通機関やEVライドシェア、ロボタクシーなどを充実させ、また、自動運転シャトルバス(EV)などのローカル移動ネットワークを整備するなども、考えていく必要があるはずです。(一般道での自動運転が難しければ、既存道路の一部を自動運転や自転車向けの低速道路として安全確保する、などといった工夫も必要かもしれませんね)
> - 同時に、そういった環境が整備できる、都市部周辺への移住を積極的に推進していくこと、また農村部等での生活が必要な人々にはEV補助金を検討するなど、生活環境の変化、対応等も合わせて進めていく必要があるでしょう。
> - それでは、自動車産業はどうするのだ、という声が出てくるかもしれませんが、そのような大きな社会移行(トランジション)無しに、ネットゼロなど達成できるはずがないのではないでしょうか。現在の状況は、自動車を取るか地球を取るか、といった種類の選択を、我々に迫るものです。
> - また、雇用のために、必要な変化が進められないのだとしたら、それは既存システム内での問題解決が困難であることを示している、とも言えるでしょう。既存の社会構造や雇用が前提にあることで、地球環境維持に必要な、当たり前の足し算引き算ができなくなっている、というのが現状ではないでしょうか。

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> - **問題への対策の例**
> - そのような問題に対しては、例えば、大きな社会移行をバックアップするためのバッファとして、グローバル環境税を財源とするベーシックインカム導入を検討したり、環境技術の移転/導入支援、グリーン産業への再教育支援、等々の各種支援スキームを検討していく、といった方向もあるのではないでしょうか。(もちろん、各国内での移行支援、政策パッケージ等が重要であるのは当然であり、それらを補うものとして考えます)
> - この場合にも重要なのは、ベーシックインカム等もやはり「グローバル」な性質のものである、ということです。
> - 例えば一国内、一地域内等で導入したとしても、内外の競争条件が大きく乖離するのであれば成立するはずがありませんので、国や地域を限って検証しても、あまり意味はないのではないかと思います。検証するのであれば、少額からでも、グローバルに検証していく必要があるのではないでしょうか。(内外条件を揃えての検証)
> - もちろん、世界各地では状況、条件も様々なので、一律同額とするのもおかしいでしょう。検討にあたっては、これまでの経済学知識等を総動員して、様々なパラメータを考慮に入れた、公平な計算理論、ルール、アルゴリズム等を組み立てていく必要もあるでしょう。
> - また、最も必要とされる地域や分野などに優先的に配分していくルール、スキームなども、合わせて考えるべきかもしれませんね。
> - これらのアイデアは一つの例ですが、ネットゼロ達成は、大きな社会変革無しにはあり得ず、一国単位の努力の積み重ねでどうにかなる、というようなものではないはずです。グローバルな検討、調整が不可欠であることは間違いなく、時間的にも既に、待った無しの状況と言えるのではないかと思います。

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> - **変化を機会と捉える必要**
> - もちろん、こういった大きな社会変化が大変な事であるのは間違いありませんが、一方では多くの機会も生み、創造性を伴うチャレンジでもあるはずです。化石燃料に依存する既存産業が変化を迫られる一方で、新しい技術、産業、サービス等も、数多く生み出されることになります。
> - また、行き詰まり、疲弊した戦後システム(物質過剰社会)を乗り越えて、新たに自然と調和した、人間的な社会をデザインしていく、大きなチャンスでもあるでしょう。ここまでの戦後の経済発展を、次の大きな飛躍のための準備であったと捉え、再定義していくといった視点もまた、必要になるのではないでしょうか。
> - 目前に迫る大きな変革を、前向きに捉えて積極的に向き合うか、後ろ向きに捉えて過去の延命を図るかで、人類の未来は大きく違うものになっていくはずです。

#### **5. 若者への権限移譲の必然性**

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> - **経済弱者ーー搾取される側へ**
> - 戦後の成長経済のようには、誰もが豊かになれるわけではなくなった現在、最初に様々な問題の結果を被ることになるのは、経済的弱者です。そして近年の、変化が常態化し、競争激化し、格差の大きくなった社会状況の中では、資産を持たず、経験も少ない若者達は、極めて不安定で脆弱な環境に置かれることになります。
> - さらに、近い将来には、AGIによる大きな社会変化や、環境破壊による大ダメージ等も想定される状況にあり、このままでは大きな社会負債を背負わされることになるのは確実です。

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> - **世代間裁定の不在**
> - しかしながら、現在の社会が抱える様々な問題、状況を作り出してきたはずの世代は、自らがその結果を受け取ることはなく、また、(比較的幸運な時代を生きてきた中で)十分な安定も手にしているため、それらの厳しい状況を正しく認識することはできません。そのため、問題解決は、まるごと次世代へと手渡されていくことになります。
> - 上世代の立場では、自らは成果だけを手にし、失敗や問題解決は次世代へと手渡す、ということが可能な状況であり、このままではそうなる可能性が高いでしょう。
> - なぜならば、これまでの世界では、経済社会の継続的な進歩発展があったため、基本的に後世代は前世代より良い生活を送ることができる、という前提がありました。そのため、順番にバトンを渡してさえ行けば、大筋において公正は保たれ、世代間の不公平や格差等を裁定する大きな必要性がなかったため、現在の社会にそのようなシステム(世代間裁定)が実装されていないからです。
> - また、従来の民主主義での前提であった、ピラミッド型の人口構成は、一定の裁定機能を果たしていたであろうと思われますが、高齢化の進む社会では、そのような裁定も機能しなくなっています。

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> - **世代間裁定の必要性**
> - しかしながら、問題が生み出されるタイミングと、その結果を受け取るタイミングには当然時間差があり、従来通りシステムに従ってさえいれば自動的に公正が保たれるとは限らないことは明らかです。
> - 例えば、現在の温暖化の原因となっている温室効果ガス排出の大部分は、戦後になってからのもの(全体の約75~80%)ですが、その間に先進国、一部新興国の人々は、大きな経済発展により、経済的に恵まれた生活を送り、多くの資産を手にしてきました。
> - さらに、気候変動問題が国際的に認識され始めた時期(IPCC設立・国連気候変動枠組条約交渉の開始)である、1990年以降の排出量は戦後排出の50%(過去全体の40%)を占めており、問題が認識されてからも、人類は過去最大レベルの排出を続けてきてしまったという事実があります。(排出中心は先進国から中国等の新興国へとシフト)
> - このような状況にあって、「先進各国は削減目標に向けて順調に削減を進めている(我々は悪くない)」と言っても、国内で脱工業化が進んだ結果、新興国等から多くの資材、商品を買うようになり、排出過程が国外に移動したということに過ぎず、到底責任を果たしたことにはなりません。
> - つまり、この時期に先進国等が享受してきた「豊かさ」は、(結果的には)後世代や途上国からの環境収奪により得られた富と安定だったわけであり、既に原因と結果(温室効果ガスの環境影響)がはっきりしている以上、単純に得た富をそのまま自分のものとしていいものか、大きな疑問があります。
> - あるいはそのように得た富が、相続等の経路で後世代へ受け渡されるとしても、それは公式なルートではなく、受け取れる人間とそうでない人間にばらつきが生まれます。しかしながら、問題の結果を受け取るのは後世代共通であるわけで、そのようなルートでは世代の責任を果たし、社会的公正を保つことにはならないでしょう。
> - 同様に、グローバル化の進展によって大きな富を手にしてきた世代がある一方で、その結果として生じた格差社会で、苦しく不安定な生活を余儀なくされる世代が存在します。
> - このように、現在は世代ごとの社会変化、状況変化が大きく、(従来には見られなかった)後世代が大きなマイナスを背負う状況が大変多くなっています。
> - そのような中、問題に直面する当事者である世代が、(問題を生み出した側が作ってきた)賞味期限切れシステムの中で、不安定な立場に置かれ、生き延びるのに精一杯、という状況では、(温暖化等)問題解決には程遠く、また到底公正とは言えないのではないか、と思います。

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> - **権限譲渡の必要性**
> - 本来であれば、このような状況(世代状況格差)を裁定する理論、システム等を新たに検討することが、理にかなったことなのではないかとも思われますが、現在の変化スピードはあまりに早く、また、原因と結果の定量的評価も大変難しいことから、そのような手順を踏んでいては、目前に迫った問題解決のタイムリミットに、到底間に合わないことは明らかです。
> - そう考えると、現実解としては、現時点で感じ取ることができる不公平/不平等を、直感に従って、上世代が後世代へと一気に手渡していく、といった形で解決を図るしかないのではないか、と感じます。
> - もちろん、権限譲渡が、世代間の利得是正だけが目的ではないことは当然ですが、それだけの責任が上世代にはあり、それだけの権利が後世代にはある、と考えることも必要なのではないかと思います。

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> - **若者の力の解放**
> - また、時代変化が前例のないほど急速な現在、最新状況のプラスとマイナスをミックスして、新たな解決策を生み出していくことができるのは若者世代こそではないか、と思いますし、前例に捉われない大きなジャンプを生み出すことができるのはやはり、(既定概念に毒されず、しがらみの小さい)若者達であるでしょう。
> - 歴史的な転換が求められる現在、(期限切れの既存社会に生きる)上世代は、思い切ってそこに賭けてみるという覚悟を持つべきであり、同時にそれは、合理的な選択でもあるのではないかと思います。
> - ネズミ講を続けた挙句に、最後には若者がババを引く、という結末だけは、なんとしても避けなければならないのではないでしょうか。

#### **6. 新たなフロンティア、実験場としてのグローバル民主主義**

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> - **アメリカのフロンティア機能喪失**
> - アメリカが誕生してからの欧米世界は、アメリカをフロンティア/実験場として、様々なアイデアの検証/実装を行って、そこで得られた成果や知見を、(歴史的制約の強い)ヨーロッパ諸国へとフィードバックするような形で、現代化を進めてきた面があるのではないかと思います。
> - 一足遅れて発展してきたアジア諸国、新興国等もまた、それらの知見を取り入れることで、現代化を進めてきた面が大きいのではないかと思います。
> - しかし、時間が経過するにつれて、アメリカ社会にも様々な慣例、歪み等が蓄積してきており、フロンティアとしての機能を失いつつあるのではないかと感じられます。(特に政治経済システム等)

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> - **ITの無い時代の民主主義システム**
> - また、アメリカを含めた、現在の世界に存在する全ての民主主義システムは、現在のようなIT技術が存在しない時代に用意されたものであり、現在の広範なネットワーク等の環境、大量のデータ、SNS等による民衆の声などを、最大限活用する設計にはなっていません。
> - これが、技術の進展との乖離を生み、民主主義をいささか時代遅れとも思える、機能不全状態に追いやっている、という面があるのではないかと思います。

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> - **フロンティア機能の創出と新たなフィードバックループ**
> - そのような中、グローバル民主主義を新たなフロンティア、実験場として考え、IT時代に即した様々なアイデアやシステムを検証/実装し、得られた成果や知見を、各国の民主主義へとフィードバックしていくという、新たなフィードバックループを構築することができれば、既存民主主義を改善していく手段としても、大きなメリットがあるのではないかと思います。
> - 各種意思決定プロセスにおけるネットやAIの導入など、既存システム上ではなかなか難しかった諸課題も、フロンティアであるグローバル民主主義なら、積極的に検証し、上手に取り入れていくといったことも可能なのではないでしょうか。

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> - **世界各国での英語情報アクセス向上**
> - また、これは想像になりますが、インターネット、動画配信の進展等により、世界各国における英語情報へのアクセスが相当に容易化しているはずで、これがグローバル民主主義を可能にする土台を準備するのではないかと思います。
> - 例えば、よほど人口規模の大きい国でなければ、全ての学習教材を母国語で準備するといった事は難しく、多くを英語教材に頼ることになるのではないかと思います。そうであれば当然、学生達はネット上の豊富な英語教材、動画等を活用して、学習を進めていくことになるはずです。
> - その結果、先進国、途上国を問わず、一定以上の教育を経ている人々(例えば大卒以上)であれば、英語情報へとアクセスする事は大変容易となっているはずであり、(20世紀までには存在したであろう)言語面での障壁は、相当に下がっているのではないかと思います。
> - また、AI等での翻訳精度も上がり、実用レベルに達してきていることから、英語話者でなくとも、英語での発信等が十分可能な環境となってきていると思われます。今後AIがより進歩すれば、さらにハードルは下がっていくことになるはずです。

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> - **加速する世界**
> - また一方、近年では、技術の進化、社会変化のスピードが加速度的に上がっています。特にAI分野などでは、各人の理解が追いつくよりも早く事態が進展していくという、これまでに無かったスピードでの変化が進んでいるようです。
> - これは、21世紀始め頃からの広範なPC普及による計算資源の獲得、そしてインターネットによる知識/情報の蓄積加速と、世界同時性により、膨大な知識情報が世界中で連携して発展していくという、新たな状況が生まれているためと思われます。
> - また近年では、コード、アルゴリズム、データ、論文等の共有基盤や、データや計算を扱うソフトウェア等の充実も加速しており、(過去イノベーション時には無かった)情報爆発を可能にする環境が整っています。
> - それらに加えて、世界人口の急速な増加により、参加人数自体の増加も掛け合わされて、時間あたりの経験量が膨大になっています。
> - AIに概算してもらったところ、急激な人口増加により、世界人類の21世紀(100年間)の総経験時間は、紀元後2000年間の総経験時間の約30%に当たり、産業革命(1750年)から20世紀末(1999年)までの250年間の総経験時間の約1.8倍になる、といった計算になるようです。

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> - **速度アップの活用方法**
> - これだけの人間が、増え続ける計算資源でパワーアップし、同時連携し、集合知として機能するのであれば、20世紀までとは全く異なるレベルの技術/社会変化が起こっていくのは、当然ともいえるかもしれません。AIの進化も加われば、10年後の状況すら全く予想できない、といった事態になっていくことも予想されます。
> - これだけの速度アップに対し、(歴史慣習の重みを引きずる)既存の民主主義において、意思決定の仕組みやルールが追いついていかないのは、当然とも言えるかもしれません。常に先行する技術が、あらゆる仕組みやルールを時代遅れのものとしていってしまいます。
> - もし、このようなスピード感や、豊富な知識情報を、(各国民主主義より一段抽象度の高い)グローバル民主主義のようなシステムにおいて活用していく事ができれば、AGI、環境問題等の解決も、あるいは可能となっていくのではないか、とも思います。

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> - **グローバル民主主義の時代**
> - ここまで考えてきたように、過去には存在しなかった様々なニーズや条件が、「今こそ」グローバル民主主義を真剣に考えるべき理由を与えていると思います。
> - 例えば過去アメリカでは、州単位の自治で国家的課題に対処できなくなった時点で、連邦政府を設立しました。現在の世界は、同じような局面を迎えているのではないかと思います。
> - もちろん、世界の国々は文化的にも状況的にも様々であるため、連邦政府やEUのような、一定の同質性を前提とした「強い繋がり」であるべきではないでしょう。個別グローバル課題ごとの裁定機能を、緩く束ねたもの、といった感じのイメージになるのではないかと思います。
> - また、全てを一度に実現することも無理があり、まずは緊急性を要する課題(環境問題、AGI等)からはじめ、徐々に対象範囲を広げていく、といったアプローチが必要になるのではないかと思います。

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> - **危機をチャンスへ**
> - これまで様々な形で存在していながらも、「共通の課題」が不足するため協力体制構築が難しく、アプローチ困難だった「グローバル課題」が、かつてないほど規模と重要性を増しています。
> - そのような中で、現在、気候変動やAGI等の「共通の緊急課題(人類の危機)」が存在することは、それらをアプローチ可能なものに変える、またとないチャンスであるとも言えます。
> - これまで世界が、グローバルな問題解決手段を持って来なかった事は、決して必然ではなく、乗り越えるべき課題であったと考えるべきであり、世界の人々が一体となって問題に対処していくシステムの構築は、人類に与えられた最後の大仕事(文明の完成)、とも言えるのではないでしょうか。(END)

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